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zoom RSS 1月6日は、マナトのお誕生日でした。 過去の回想

<<   作成日時 : 2006/01/13 14:22   >>

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1月6日は我等が愛息子、マナトの誕生日でありました。

当日以降の【ロタ&乳糖不耐症騒ぎ】(詳しくはこの辺に)で、落ち着いてブログができなかったため、記念の書き込みを後回しにしていたんですが、やっと気分的に余裕が出てきたので、遅まきながら、






祝! マナト1歳(^o^)




昨年1月6日12時34分にK大学病院で生まれたんだよねー君は。
思い出すよ、あの時のことを…。


うん、ちょっと回想から入っちゃおうかなー。





無痛分娩だったから、計画出産ってことで、前日の5日には病院に入院。
私の病室では、6つあるベッドの全部が、この日に入院ということで、全員同じ日に出産予定の人ば
かりだったんですね。

はじめてのことだらけで緊張して、前日の4日は、旦那と二人、夜中八兆午前3時までプレステでゲームなんてやってたっけ(苦笑)  
次にこの家で寝るときにはもう、夫婦二人だけじゃなくて、そこに子供という未知の存在がある、ということがどうにも信じられなくて、緊張して、寝らんなかったんだよね(苦笑)


そんなギンギン状態で入院して、でも同室の皆はすごく気さくで親切で、緊張した中にも一気に仲良くなってしまったんだな。
夜中、次々と陣痛が始まり、人のこと言ってられない、自分も当然陣痛の波に…。
2時・・・3時・・・時計を見ては陣痛の感覚を測ってたっけ。
さすがに1分感覚になったらもう、我慢できなくなったな(苦笑) ちゅか、もっと早くにナースコールしろよという話も(苦笑)
あんまり早くに看護婦さん呼ぶのもなんだか躊躇われてしまって、変に我慢して呼んで、待機室まで歩いて移動という時に、「うげー歩くのかよ」と目の前真っ暗に(苦笑)


(こんなことなら、もっと早くにナースコールしとけばよかった_| ̄|○)


で、我慢したから早くに生まれるかと思いきや…。
それが意外とそうでもなかったりして(苦笑)

待機室の中に準備してある、カーテン付きベッドが5台…だったかな。
次々に先を越されていく私。
やっぱりマルコーだったからかなぁ…、固いのかなぁ、子宮口がまだ全然だめねぇ、と言われ(←女医さんだったのよ) ♪後から来たのに、おーいこーさーれー♪のフレーズが頭の中をぐるんぐるん(苦笑)

痛いことは痛かったけど、大丈夫な時はこれ以上ないくらい暇になっちゃったので、実は文庫本を持ち込んでました私 (^^ゞ
そんなのを読みながら、「うっ、きたきた…イタタタタ」なんてやりながら、頭の中は水戸黄門がエンドレス(苦笑)

時計の針が午前9時になるまで、もう、気が遠くなる位長かったなぁ…。

その位の時間になって、やっと麻酔をうってもらうことになりまして。
左を下にして横になりながら背中を丸めてこう、でかい腹をもてあましながら体を小さく小さく……。
浮き出た背骨の間の、どっかに注射を打つんでしょうね。私は見えないからわかんなかったけど、
何回かチクンチクンやられて液体が入ってくる冷たい感覚ってゆーのかな、ズゴーンとこう、重冷たい、耐えがたい感じがして、1−2分・・かな? 氷を持ってきて、お腹の一部にあてて、

「感じる?冷たい?」
って、麻酔の効きを確認。

やー不思議不思議。
麻酔ってすごいね。
氷宛てられて、ただ、なにかが触ってるっていうだけの感覚になりましてよ。例えるなら、人肌に温めたプラスチックをあてられたって感じ。

背中に入れた針が動かないように、いろいろとテープやらなんやらやられて、自動的に麻酔がゆっくり入るようにセットされたまま、またベッドで待機。

今までの陣痛が嘘のように、すーっと霧散して、なんだか快適快適〜♪な状態に。


「よし、持ち込んだ本でも読むか…」


と、ベッドの中に持ち込んでた文庫を取り出したんですが、ここで、前夜の夜更かしが祟って、何ページもいかないうちに爆睡こいちゃったんですね〜(苦笑)

時々、マナトが産道を降りてくる時の、骨盤の痛みってゆーのかな。
お尻の下〜の方が擦れてるような、耐えがたい痛み(こればっかりはしょーがないみたいで…)で強制的に目が覚めては、


「ふーっふーっ」なんて、助産士さんに背中さすってもらって(まだこの時には、旦那の立会いはできなかったんですよ、この病院)
それがなくなると爆睡…を繰り返しているうちに





「まにゃままさん! まにゃままさんっ!!   ああ、良かった。 じゃ LKSDPM]AIWGM:;U(良く聞き取れなかった) を点滴に入れますからね。 ちょっとドキドキしますよ」

思い切り大熟睡してるとこで、肩を揺すられて医師に起こされ、なんだかわかんない薬を点滴に入れられた模様。


(ドキドキするって言われても……ただ寝てただけなのに……)


と思ってる間もなく、心臓がバックンバックン踊りだし、「おいおい、そんな100メートル走した後じゃないんだし」と言いたくなるような、今まで静かに拍動してたのに突然のドキドキ動悸で、気持ちと呼吸が付いてかなくなっちゃって大変でした。

それまでは、いーい具合にリラックスしてた(←寝てたんだから当然だよね)のに、突然えらい興奮状態にさせられちゃって、そのままの状態で分娩室に移動したんですが、
なんかもう、急に重病人みたいな状態になっちゃって、息が・・・息がぁぁぁーみたいな(苦笑)

自分の力で分娩台の上に登れなくなっちゃうし、なんか貧血みたいになっちゃうしで散々。

ある程度して、体が少し落ち着いてからの出産開始になったんですが、麻酔のおかげで全然痛くはないものの、さっきのドキドキのせーで、今度は力が入らなくなってしまった。


さっきの点滴・・・・実は余計なことだったんじゃ(←まにゃまま、心の・・・)


そんな台詞が何度も頭の中をリフレイン〜(苦笑)
それでもここまで来ちゃったし、なんとか出さなきゃ、でしょう。


助産士さん、お医者さんが「はい、深呼吸してーー、次。 次でイキむからねー、いーち、にーい…」なんて掛け声とともに、「ふむーーーーっ」とか、頑張ってたんですが、結局のところ、さっきの騒動でか力が足りず、吸引の力を借りての出産になりました。
陣痛から数えて全工程9時間とちょい。

生まれた瞬間に、

「わあ、桃みたい」

と助産士さんが言ったのが、今でも妙に耳に残っています。



そんなこんなで12時34分という、やけに並びの良い時間に生まれた我が子。

「初産なんで、長くなりますよ」
という説明をされてもいたし、私もそう思って、


「6日の、早くても4時とか5時に生まれて、その後2時間は待機になるから、そうだねぇ…夕方位になったら会えるかもよ」

と、ジジババ、パパに言っていました。


子供誕生の連絡は、ジジババには通じたんですが、パパの電話が通じない(苦笑)
この日パパは仕事を休んで自宅待機していたのに、一体なにをしてるんだー!


「あの…。
お父さんに連絡がつかないんですけど、ご自宅と携帯番号の他に、どこか連絡先ありませんか?」

私「・・・・・・・はい??」



がーん、いったいナニをしてるんだーっ!
自宅も携帯も通じないって、通じとけよ!こんな時に!




一仕事終えた後のすがすがしい脱力感に、ぼーっと待機していた間に私の心が、一瞬でかき乱されてしまいました(苦笑)



デンワガツウジナイって、おいおい…。
もしかして、もう病院に来てるから、それで携帯の電源切ってるとか? 
や、それだったらナースステーションに一声かけてるはずだし……。



で、実際、旦那が何をしていたかといったら、

私の出産がまだ先だと思って、ゆっくり風呂に入ってたんですねー。
これから夜までの長丁場になるから、先に入っとけと。
それで連絡がつかなくなっちゃった…と。

まあ確かにね、当初の予定からしたら、かなり早まっちゃったから仕方ないけど、
一瞬すっごく _| ̄|○ な気持ちになりましてん(苦笑)。



6日は、この病室の全員が無事に出産を終え、6人がいきなり【同じ日に誕生日を迎える子供を持つ母親】になったんですねー。
もともと気さくで、なんか話しやすいなーと思ってたから余計ですね。
やたら結束が固いというか、今でも、この病室の仲間を中心に、月1度集まりを持ってますよ(^o^)


生まれてから、

「うわっ、子供ってこんなに手がかかるんだー」
とオタオタママになることしばし、思えばあれが産後鬱ってやつだったんでしょうね。

それでも世話をしないとやってけない毎日。
夢中でやってたら1ヶ月が過ぎて、少しは世話にも慣れたかと思ったら、今度はいきなり【幽門狭窄症】発症(この時の顛末はこの辺に)

生後一ヶ月の新生児の時に全身麻酔の手術をして、なんかかわいそうやらまあ、大変な思いもしました。

生まれる前から水腎症のケがあるということで、経過観察を続けつつ、
「ええっ、機外収縮の疑いありって?なにそれ」で心電図なんかも受けたりして、はーもう、なんかかんかで病院通いが止らない。
私は私で、妊娠時の糖尿病なりかけの経過観察で、これもまた病院通いが止らない(苦笑)


これはこれで、何事もなく、無事に成長してるということを、見守ってもらってるんだと思えば…。

そう思って、通いましたよ〜。


百日の御祝いで、お食い初めの真似事を少々。子供写真館で「関取姿」を激写したりして。
春にはパパのアマオケの発表を聴きに、初めてのオーケストラ体験⇒爆泣(苦笑)
GWには仙台のジジババの元へ、初孫お披露目〜。
夏はえーっと、なんだっけ(苦笑)
秋にもう一度仙台へ。

そんなこんなしてるうちに季節はめぐり、私が産休スタートした月になり。


マナトは、
足をびょんびょんさせる状態から寝返り⇒貞子這い⇒這い這い⇒高速這い這い⇒掴まり立ち⇒歩き始め⇒おすわり(ここ、順番が逆になったんだよねぇ)⇒つんのめり走りに進化。

歯も生えてきて、スプレー小僧が出現。 

「あーあー」言っていたのが「あうあう」になり、「えうー」になり、「んまんまんま」と
…言葉の方はあんま進歩がないな(苦笑)

最近は「バイバイ」、「拍手」ができるようになってきましたね。



にしても、

ただ寝てるだけのほやほやした存在が、こうやって一丁前に自分の意志で歩き回り、食べ物の催促をするまでになってきたこと。
気に入らないことがあると、ひっくりかえって泣き喚く、そんな意思表示までする。

私のお腹の中で発生した命が、こうして一人の人間として存在していることに対しては、
生まれてすぐの時よりも今の方が、より一層不思議に感じ入ることが多いです。

それまではこの世の中に存在していなかった、マナト という一人の人間を生み出した自分。

子孫を残すことは動植物の本能的な部分で、ある意味自然のデキゴトなんでしょうが。
命をこの世に送り出す、ということに関する、不思議な感覚……。
うーん、なんてゆーんでしょう。
私達夫婦が作り出した肉の器に、マナトとなるべく魂は、いったいどうやって宿ったんだろうって。

なんかね。
そんなこと考えちゃうと不思議な気持ちになっちゃうんですよね。
そして、そんな風に考えてる自分も、実際はジジババの娘なわけで、今、私が息子に感じている愛情は、私の物でもあると…。
なんかー、愛情ってー、連鎖してくんだなーとかね。

誰かは誰かの子供である、とか思うと、その子供の部分にマナトの面影がダブっちゃってね、

「ああ、こういう風に考えたら、人殺しなんてできないやね」
とか思ったりもして。

「命大事にしなきゃだよなぁ〜」
とかも思ったりしてね。



あー。
産まれてからのことを回想してたら、なんか話が大分それて、

「おいおい、それでマナトの誕生日の話は、どうなったんよ」状態に…(苦笑)




ちょっと長くなったので、次の記事にまわしますね。
ちょいお待ちを……。

(と言ってる間にバアバが到着したらアウトだわー苦笑、パソをいじってると怒るのだ。ばあば最強伝説・苦笑)






   
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